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北本まつり(2018年)

北本まつり「宵まつり」「産業まつり」
主催 北本まつり「宵まつり」部門実行委員会 北本まつり「産業まつり」部門実行委員会
日時 2018年11月3日(土)15:00-20:00
   2018年11月4日(日)9:30-14:30
場所 北本駅西口ロータリー・西中央通り(宵まつり) 北本市役所駐車場(産業まつり)
交通 北本駅(JR高崎線)歩0~10分
 

 まつりが行われております北本市(きたもとし 埼玉県)と、会津坂下町(あいづばんげまち 福島県)とは姉妹都市となっていますが、市町のホームページから察しますところ特に双方の市町に歴史的な結びつきがあるわけではなく、ややこじつけ的な理由による縁組ではあるものの、いずれにしても、会津坂下町が、姉妹都市探しをしていた北本市のお目にかなった魅力がある町だったという印象であります。
 

 
 
 ここに来たと行っても、これまた例によりまして、ただただ会津坂下町と姉妹都市になっていることに感謝するのみでありまして、率直に言いますと北本市には何の関心もないのであります。
 
 なお、停車駅や頭が高い列車の通過待ちや乗り換えが多く意外に時間を要する東北新幹線を使わずとも、平成時代も終わろうかと言う21世紀の現代社会では高速道路で姉妹都市間を行き来可能であります。鉄道だと4時間、車だと3時間といったところでしょうか。


 
 まつりの様子なんぞはタイトル画像を見ていただくだけで何の説明もしないという相変わらず取扱い極端な当ブログですが、それはさておき、会津坂下町からこちらの方々がお出ましになられています。
 
 
会津坂下小町の鈴木聖奈さんと喜多見みくさん(北本市役所)
 かつては30代目まで続く由緒ある「坂下三人小町」でしたが、3名体制の維持は難しいらしく2名に縮小のうえ「坂下小町」に変わっています。同様の経緯を辿っているものには、魚津市(富山県)の「魚津三人小町」(→魚津小町)があり、大都市圏から離れたご当地さんはいずれもご苦労が多いと察し、ここでもまた東京とその他の市町村との急激に進む格差拡大を感じるのであります。
 
 
会津坂下小町の鈴木聖奈さんと喜多見みくさん(北本まつり産業まつり)
 第3代坂下小町 鈴木聖奈さん 喜多見みくさん

 お二人が手に持っておられるのは柿でありましょうか。あんぽ柿に使われる伊達地方はともかく、会津が柿の名産地であることは不勉強で存じませんでした。

 柿についての知識がおぼろげでしたので整理しますと、種無し柿は、柿の単為結果性(受粉しなくても=種ができなくても実が大きくなる性質)を利用したもので、その単為結果性が出やすいのは渋柿。荒っぽく言うと、渋いのが嫌ならば種があるのを我慢せよということになります。このあたりはご家庭や小学校で聞いたことがあることでしょう。ちなみに、「富有」「次郎」などの種ができてもできなくとも甘い柿を「完全甘柿」と呼びますが、「富有」の未受粉は商品にできる果実に成長する率が低く種なしの商品化困難で、「次郎」の栽培が商業的に成立するのは温暖地のみであります。
 参考文献:KOMERI.COM カキの育て方
 
 そのようなわけで、庭木等の小規模なものは別として、東北地方の流通している柿=渋柿という理解でよいと思います。
 
 
会津みしらず柿(北本まつり産業まつりでの会津坂下町の出展ブースにて購入)
 で、この会津みしらず柿(「会津身不知」)も渋柿であるとのことで、アルコールか炭酸ガスで渋抜きを行ったあと出荷されたものであるはずです。見た感じは有名な「平核無」と同じく扁平ながら、上から見ても角がなく丸いものといった印象で、もしかすると平核無の先祖なのではないかと勝手に想像しています。なお、広く商品として出回る食用の日本産の柿はすべて同一種(学名 Diospyros kaki カキノキ属 カキノキ)で亜種分類もなく、全国にいろいろある柿の名前はいずれも栽培品種名かその通称・ブランド名によるものです。

 会津身不知のルーツについて説明しているものでは、以下のものが分かりやすかったので引用します。

戦国時代の天正年間に、福島県二本松市小浜を支配していた大内氏は、小浜にある西念寺の住職・夕安和尚を中国に派遣しました。そうして、その夕安和尚が中国から持ち帰ったと伝えられるものの中に、「柿」がありました。 当時から、甘柿と渋柿の双方があったとされています。
大内氏は、天正13(1585)年9月25日に滅亡。会津へ逃れています。その際、宮森一族(大内氏が治めていた宮森城の家臣・領民ら)も一緒に会津へと入っています。 そしてその際に、西念寺の柿も持ち込まれたとされています。
それが身不知柿のもとになりました。(「会津 身不知柿の由来」石田明夫氏 会津物語)

 ちなみに大内氏は「滅亡」とされていますが、伊達正宗にビビッて小手森城にいた家臣とその子女800人(それらは正宗によって全員斬殺)を見捨てて会津に逃亡した大内定綱は、その後の世渡りで伊達正宗に服従してちゃっかりと生き延び、何気に前沢城主となっています。
 
 いずれにしましても、「富有」とその前身の「御所」、あるいは「次郎」、「平核無」などのヒット商品は所詮江戸時代以降の柿ですが、会津坂下町さんがここにお持ちの「会津身不知」は会津の農家の庭先で地味に受け継がれてきた戦国時代の柿であるというところに価値があります。
 
 
会津みしらず柿(購入当日の状態)
 購入当日。りんごのような食感、淡白なお味です。追熟前のラフランスって感じですかね?
 
 
会津みしらず柿(購入6日後の状態)
 購入5日後。これは全く違う。ぬるりとした皮の剝き応えの通り、桃の高級品のような濃厚なお味になっています。
 
 
会津坂下小町の鈴木聖奈さんと喜多見みくさんは「会津みしらず柿」の販売支援に活躍(北本まつり産業まつり)
 「会津みしらず柿」で検索するととてつもなく立派なお値段の通販商品がいくつも表示されますが、ここでは無選別無包装というだけで満足度200%のお値段で売られていました。地元ではさらに半値以下でありましょう。いずれにせよ新たな発見あり得することいっぱいありの姉妹都市からの出展っていいですね。これといった特徴がなくただ単に地図上に存在するだけの市だった北本市が、会津坂下町のおかげで好感度が2%くらいアップしたかもです(笑)。🍊
 
 
会津坂下町付近(2016年2月 福島県)
 おまけ。会津坂下町はこれからの冬こんな感じになります(2012年2月撮影。場所の記録はありませんが改修前のばんげひがし公園っぽいです)。